2014年 夏合宿

今回の合宿地は、愛媛県松山市(道後温泉)。


大きい地図はコチラ

合宿の旅程などを、参加者ごとに紹介します。
参加者名をクリックすると、参加者のページを開きます。
「合宿報告」に戻る


参加者  はやぶさ  LP42  サンポート  北越  カタナ  ヒサシ138  青ガエル  キマロキ  キハ285  はつかり  キハ110  キュウべえ  TJライナー  グラシア  よっしー  中將  キハ52  桿菌

キハ52

8月23日 自宅〈徒歩〉東北福祉大前〈仙山線 快速〉山形〈山形線〉米沢〈徒歩〉母の実家

本来なら、24日朝に仙山線で出るべきだろうが、諸事情により1日早い出発となった。 東北福祉大前13時14分発の快速山形行 3837Mに乗車。前面展望を見ようと思ったが、先客がいたのでしばし側面展望を見ることに。 愛子に着くまでに先客が降りたのでかぶりつく。仙山線に乗る場合、作並から山寺(普通列車は面白山高原)まで、運転士後ろと客室扉の部分はブラインドを降ろすが、助士側は遮光ガラスになっているためブラインドはない。
ここで、作並‐奥新川のトンネルだけ剛体架線になっていることに気付く。
楯山で運転停車。しかも対向列車が遅れているとのこと。少し不安になったが、山形での乗り換えは間に合った。
山形14時21分発の山形線普通米沢行 436Mに乗車。最近の改正で、夕方の仙山線→山形線上りの接続はよくなったが、乗り換え時間が短すぎて座れなくなってしまったのはご愛嬌。
座席が空いたのでかみのやま温泉からボックスシートに座る。
そして、米沢に到着した。末期色黄色一色の循環左回りと青一色の循環右回りが懐かしい。
近くの陸橋付近で撮影。米坂線にキハ52がいるときにここでももっと撮影しておくべきだった。今は、新塗装になってしまうつばさを記録。

photo

16時ごろ母の実家へ。とりあえず、早くついてしまったので2年前に録画した「氷菓」を観る。※なぜ氷菓にしたのかは引き続きお読みいただければわかります。VHS録画だとやはり画質が芳しくない。VHSデッキしかないから致し方ないが。


8月24日 母の実家〈徒歩〉米沢〈米坂線〉坂町〈信越・白新線〉新潟〈信越本線〉直江津〈北陸本線〉富山〈北陸本線〉金沢〈北陸本線〉富山〈徒歩〉ビジネスホテル

10時ごろ家を出発。米沢駅に着き、JR東日本の日付印をGET。10時29分発米坂線普通坂町行 1129Dに乗車するため4番線へ。このスジはオンシーズンはとにかく混むので、ご利用の方はご注意ください。というか坂町の普通同士の乗り継ぎがこれ以外悪すぎ 小国から先、荒川左岸を走るので、進行方向右側のボックスに座った。どうやら、相席になった親子も18きっぷで旅をしていたようだ。このスジ、昔は3連で快速だったのに、今はワンマン2連の各駅。嗚呼諸行無常。やはりオンシーズンだからか、ワンマン運転にもかかわらず検札要員が乗車するという事態に。
次の南米沢から今泉までは高校時代に通学で利用していた区間。西米沢駅の駅舎が新しくなったことと、羽前小松‐犬川に新しく道路ができていたこと以外はほとんど変わっていない。ただ、踏切内でトラックが立ち往生したり、5000円札しかない乗客が無人駅で降りようとして他の乗客に両替を頼んだり、トラブル多すぎ…
定刻に坂町に到着。ほとんどが羽越本線に乗り換えるようだ。トイレを済ませてホームに戻ると、列車待ちの列の先頭にLP42氏の姿が。どうやら、米沢から同じ列車だったらしい。羽越本線新潟行 936Mに乗り換え。L編成。115系とも、お別れの時が近づいてきた。クハでもMT54の爆音はなかなかいい。
新発田を出るころに、ゲリラ豪雨に見舞われたが、列車に遅延はなく、佐々木に着く頃には雨も止んだ。新潟でLP42氏と別れる。
新潟からは14時01分発快速くびき野2号新井行 3372Mに乗車。R編成が充当されているとは…。なお、ヘッドマークは故障のため点灯せず。

photo

直江津に到着。ここからJR西日本となる。6号車に乗っていたことが幸いし、海側のボックス席を陣取ることができた。直江津16時13分発北陸本線普通富山行 562M。ここまで半自動ドアに慣れていたので、413系の両開き自動ドアが新鮮である。また、アナウンスも若干変わった。「ドアから手を離してお待ちください」
開業を間近にした北陸新幹線の高架を見ながら、北陸本線を西下する。デッドセクションを通過、糸魚川を越えて親不知へ。ここは高速から海を見るべきだ。免許ないけどww

photoデッドセクション通過中

三セクの境界駅となる市振を過ぎ、次の越中宮崎から富山県へ。ここで、新潟県の路線(北越急行含む)を完乗。そのまま富山へ。
富山で乗り換え。時刻は18時を過ぎており、すでに夏休みが終わったであろう北陸はラッシュで混雑…あ、今日日曜だ。てっきり富山以西は521系オンリーだと思い込み、転換クロスシート乗れるぜ☆と思っていたら、入ってきたのは455、475系混成の6両編成。しかもガラガラ。思いがけない出会いに興奮し、富山駅を出発。残念ながら、時間が時間なので高岡で日が暮れてしまったが…。そして、富山駅でますのすしを買わなかったことを大後悔することに。

photo

とりあえず三セク転換区間は全て乗っておきたかったので金沢まで466Mに乗車。。次の富山行483Mで富山にもどr…あ、折り返しか。一旦下車。七尾線や福井行521系を撮影して富山行の車内へ。車両は変えてみた。同じく空いていて、モーターの音が心地いい。「福岡県にない福岡駅」も確認できた。
この日は富山市内の格安ビジネスホテルへ。お恥ずかしながら、一人でホテル泊するのは初めてなので、いろいろテンパってしまったorz


8月25日 ビジネスホテル〈徒歩〉富山〈高山本線〉猪谷〈高山本線〉高山〈高山本線〉美濃太田〈高山本線〉那加〈徒歩〉新那加〈名鉄各務原線〉名鉄岐阜〈徒歩〉岐阜〈東海道本線〉米原〈東海道本線〉三ノ宮〈徒歩〉三ノ宮バスターミナル

駅前の吉野家で朝食をとり、富山駅へ。JR西日本の日付印GET。富山8時14分発高山本線猪谷行 850Dに乗って持参した小説を読んでいたら、トワイライトエクスプレスが来るのを忘れていて、入線を撮り損ねた。そして、進行方向右側のボックス席に座ったら、左側の方が景色が良かったorz
キハ58がいるうちに乗りたかった。キハ120は車体が小さすぎる…走りはいいんだけどなぁ。(あくまでも個人の意見です)
猪谷で美濃太田行 1826Dに乗り換え。ここからJR東海になる。縦列停車って…

photo

10時18分、高山に到着。お察しの方もいるかと思うが、「氷菓」の聖地巡礼である。宮川周辺を主に巡礼。しかし、訪問一週間前の豪雨のせいか、河川敷が立入禁止となっており、河川敷に降りれないのが残念だった。グッズを買いあさったり、無駄に市内を歩き回ったり、特設コーナーの交流ノートに書き込んだりしているうちに、滞在時間はほどんどなくなってしまった。

photo photo

高山駅に戻ると、改札口に長蛇の列が。次の特急ひだに乗るため、改札が開くのを待つ観光客のようだ。私が乗る高山14時48分発美濃太田行の普通列車1718Dはかなり空いていたが、キハ40の二人掛けボックスは人気が高い。美濃太田で岐阜行748Dに乗り換える。東海のキハ40系統は来年度の引退が発表されているので、葬式鉄が殺到する前に乗れてよかった。しかも高山‐岐阜は4連。

photo

それにしても、坂祝(さかほぎ)といい、各務ヶ原(かがみがはら)といい、よ…読めない…。ルート発表会で「各務ヶ原線」が読めずこのあたりだけ口ごもるという事態に…。順調だった旅もここでアクシデントが。蘇原駅から、列車が動かなくなってしまう。どうやら2つ先の長森駅で人身事故があったらしい。30分ほど待ち、復旧のめどの時刻ではバスに間に合わないので名鉄に乗り換えようと重い腰を上げると、乗務員の方が「次の那加まで運転します。そちらの方が名鉄の駅が近いので便利ですよ」とのこと。というわけで那加まで乗車。
那加から名鉄各務原線の名鉄岐阜行(列番不明)に乗車。て…転クロ!?てっきりロングシートだと思っていました。名鉄の人ごめんなさい。ここで予定が50分狂ってしまった。
岐阜から米原まで311系の快速米原行 2541Fに乗車。垂井からはかなり空いていた。米原で223系の新快速姫路行 3535Mに乗りかえ。時速130km/hに転換クロスシート、唸るモーター音最高!

photo

大阪に近づくと、淀川の鉄橋上で緊急停車。…ったく何て日だ!!!
結局、8分遅れで三ノ宮に到着。時刻は22時15分を回っていた。米原で食べる予定だった夕食も、ここでコンビニ弁当を食べることになった。
三ノ宮バスターミナルまで行き、乗車するバスを待つ。ムーンライト○○は関西から姿を消したように思えるが、夜行バスムーンライト号は健在である。それにしても、「23時30分発ジャンボフェリー連絡バス小豆島経由高松行きジャンボフェリー乗り場行き」って長くないか!?
お目当てのムーンライト号が入ってきた。私はほとんど徹夜できない人間なので寝ることに。寝落ちしたのは日付が変わるころだろうか。


8月26日 〈阪急観光バスムーンライト号(車中泊)〉小倉駅前〈徒歩〉小倉〈鹿児島本線〉大牟田〈鹿児島本線〉熊本〈豊肥本線〉肥後大津〈豊肥本線〉宮地〈豊肥本線〉豊後竹田〈豊肥本線〉大分〈日豊本線〉亀川〈徒歩〉亀川駅前〈大分交通バスAS71系統大分駅前行〉第三埠頭入口〈徒歩〉別府観光港

壇ノ浦で目が覚めたため、関門橋を通るのを見ることができた。青函トンネルぐらいしか日本四島を結ぶルートを通ったことがない私にとって、関門海峡はものすごく狭かった。そして、やっと九州に文字通り上陸。小倉駅前には10分早着した。

photo

朝食を済ませ、乗る列車が来るまでホームで待つ。JR九州の日付印GET。生で九州の車両群を眺めることができた。また、ちらっとななつ星も確認できた。
小倉8時06分発快速荒尾行 4227Mで大牟田まで。さすがに久留米を越えて9両はオーバースペックのようで、乗客数はお察しください。大牟田から熊本までは快速くまもとライナー熊本行 4321M(笑)に乗車。ワンマン2両に。オールロングシートって、なんかデジャヴが…。まあ、あれより運用区間が短いからいいか。本当は817系の転換クロスシートに乗りたかったのは公然の秘密である。

photo photo

熊本に到着。ここで親(山形県在住)からのメール。「肌寒いですが、羽織るもの持っていますか?」…………この日の熊本の最高気温は31度。気象情報はきちんと観ましょう。熊本市内を散策しようと思ったが、とにかく暑いのと、「九州横断特急」「A列車で行こう」「あそぼーい!」の運転があると知り、計画変更。駅前の散策と熊本ラーメンを食すのみにとどめた。
ここまではひたすら西下していたが、ここからは東上が始まる。東経131度とは…。(仙台市は大体東経140度)。豊肥本線で一気に大分まで抜ける。が、乗り換えが多い…(1465M→435D→2425D→4461D)。肥後大津から宮地まで乗車したキハ140、エンジン換装してあるだけあって、立野のスイッチバックをぐんぐん登っていく。非力なイメージのあるキハ40系とはちg…おっと、誰か来たようだ。

photo

車体が古いからか、路盤のせいか、座っていると体がぴょんぴょん跳ねている感じがする。決して心がぴょんぴょんしているわけではない。ええ、決して。(大事なことなので2度言いました)
宮地駅では、かつての豪雨被害のパネル展示と、それで曲がってしまったレールの一部の保存が行われていた。2011年〜2012年ごろは本当に自然災害が多かった。

photo photo

バス用行先表示器を掲げたキハ220系に乗って波野駅を通り、JR九州最高地点に到達。ここから下り勾配になり、走りも軽やかになる。豊後竹田から大分行に乗車。自分が乗っている列車がオールロングシートなのにすれ違う列車がすべてセミクロスシートか転換クロスシートだったときは嫌がらせかと思った。
大分に到着。しかし、乗り換えてすぐ日豊本線普通大神行 4658Mが出てしまうので、大分駅の滞在時間がわずか7分しかなかった。。別府の二つ隣、亀川で下車。近くの銭湯に入り、夕食。それにしても、入浴料100円は安い。
亀川駅に戻り、バスの乗り場を確認する。しかし、目的の乗り場が見つけられない…ロータリー内ではなく、道路上にバス停があったことにしばらくして気付いた。探している間に、バス停の時刻表を見ると安心院という地名が。「氷菓」見てなかったら絶対読めなかったなぁ。
大分交通バスAS71系統大分駅前行で第三埠頭入口まで。乗船券の発売まで1時間あるが、これが終バスなので仕方がない。たまたま近くに23時まで営業のbook offがあることに気付いたので、そこで漫画を立ち読みして時間を潰した。
人生初のフェリー泊に挑戦である。別府観光港23時50分発、八幡浜港2時35分着であるが、申請すれば5時30分まで船内休憩ができ、大変お得である。平日だったためか、かなり空いていて、2等船室の升席1区画を占有できた。船酔いどころか、揺れをほとんど感じなかった。船内のパネルによると、5月に就航したばかりの船だったらしい。

photo

二日ぶりに横になれたからか、ぐっすり眠ることができた。


8月27日 〈宇和島運輸フェリーあかつき丸(船中泊)〉八幡浜港〈徒歩〉八幡浜〈予讃線普通〉伊予大洲〈予讃線普通〉松山〈徒歩〉大手町〈伊予鉄道〉横河原〈伊予鉄道〉高浜〈伊予鉄道〉梅津寺〈伊予鉄道〉松山市〈伊予鉄道〉郡中港〈伊予鉄道〉松山市〈伊予鉄道〉古町〈伊予鉄道〉大手町〈徒歩〉松山〈徒歩〉JR松山駅前〈伊予鉄道市内線〉道後温泉〈徒歩〉合宿地

下船の際、升席にコンセントがあったことに気付き、携帯とデジカメを充電しておけばよかったと後悔。まさか、本当に航海で後悔することになろうとは…(寒)
実は、合宿とは別に8月の初めに北海道に行っているので、これで8月だけで4島制覇達成である。
八幡浜駅まで歩くが、さすが港町…魚の匂いが…(ry
八幡浜から乗車した予讃線(内子線経由)松山行 622Dは、キハ32系1両にキハ47系2両をつないだ3両編成。さて、キハ47に乗車しようか。ドアは手動…っと。……アレ?ドアが開かない??仕方がないのですでに開いていたキハ32のドアから車内に入り、貫通路を通ってキハ47へ。高校生が普通にドアを開けていたところを見ると、コツか?それとも…?なお、伊予大洲ではホームで待っていた高校生が開けてくれましたとさ。
伊予大洲から、一度乗ってみたかったキハ185系3100番台を発見したので急いで乗り換え。ここから長浜経由(いわゆる海線)松山行 914Dの乗客となる。さすが特急格下げは乗り心地がいい。しかも、海線経由ときた。車窓に満足していると、松山に到着。特に予定は決めていなかったが、とりあえず大手町に行ってみたいということで、大手町へ。全国でもここしかない普通鉄道と軌道の平面交差の踏切を見物した後、伊予鉄乗り潰し兼ぶらり途中下車に計画が決定。郊外電車の1日券を購入し、伊予鉄の旅スタート。横河原、高浜、梅津寺、松山市、郡中港、古町の周辺を散策した。この日は天候に恵まれ、青く美しい海を眺められた。

photo

高浜は昨年公開された映画「真夏の方程式」のロケ地、梅津寺は「東京ラブストーリー」のロケ地だそうで。ちなみに私は、彼女より鉄道模型が欲しいですww

photo

私はガラケーしか持っていないのと、地図を買うのがめんどくさかったので地理感覚を頼りに歩き回っていたら、五色浜公園に行く道を間違えてしまった。また、松山市から大街道まで市電に沿って歩くという暴挙(?)を犯し、愛媛県庁前で坊っちゃん列車を見れたものの、予定がかなり狂ってしまった。(あれ?予定なんて立てていたっけ?)

photo photo

そのため、大手町に戻ってきたのは17時。集合が18時なのでこれから市電乗り潰しをするわけにもいかず、残り1時間をどう潰すか考えながら踏切を見ていると、高浜方面から来たキハ285氏と出会い、松山駅でお土産を買うことになった。
かくして、松山駅に集合し、宿泊地の道後温泉へ向かった。ルート発表会ではなかなか壮絶な話(とルート)を聞けた。特に北越氏…


8月28日 道後温泉〈伊予鉄道〉JR松山駅前〈徒歩〉松山〈予讃線普通〉伊予西条〈予讃線普通〉坂出〈瀬戸大橋線快速マリンライナー30号〉岡山〈津山線快速ことぶき〉津山〈徒歩〉東津山〈姫新線普通〉津山〈津山線普通〉岡山〈瀬戸大橋線快速マリンライナー57号〉高松

photo

道後温泉発2番列車で松山駅へ。ここで同行していたキハ285氏、ヒサシ138氏、TJライナー氏と別れ、一人伊予西条行の電車518M(伊予北条から4518M)に乗る。JR四国の日付印GET。ところで、伊予北条で切り離さないで今治までは2両にした方がいいんじゃないですか?JR四国さん?
伊予西条で快速サンポート南風リレー号高松行 130M(121系)に乗り換え。相変わらずトイレが付いていない。しかも今治辺りから伊予西条を出るころまで強い雨が降っていた。坂出に到着し、マリンライナー30号(3130M)に乗り換える。高松駅の構造上、岡山寄りの車両が空いているはずなので先頭車に乗ることに。空席はあったが、せっかくなので前面展望にかぶりついた。写真には収められなかったが、瀬戸大橋の緩衝桁上のジョイントも確認できた。児島に近づくと、ああ、出たよ、末期色。

photo photo

岡山駅に到着。3分の乗り換えで津山線快速ことぶき津山行 3938Dへ。今回の合宿で、3分で階段を渡る乗り換えが多い気が…(大牟田・伊予西条・岡山)。キハ47のワンマン化改造って絶対使いづらいと思うのだが…。しかも朱色。新津のキハ40で見慣れているはずだが、色味が違うのか違和感を拭えない。快速なのでかなり速い。14時11分に津山に到着。やっと昼食にありつけた。「津山に来たんだから、目的は扇形機関庫か。」と思った方、残念ながら違います。(確かに傍まで行って敷地外から写真撮ってきたけど)。
津山での目的地は、イナバ化粧品店、B'z稲葉浩志の生家である。実質2つ目の聖地巡礼となる。店内の特設コーナーでいろいろ見た後、買い物をして記念カードを作っていただいた。あまり時間が取れなかったので、最寄りの東津山駅から姫新線で戻れるように歩いたのだが、やはり津山駅でレンタサイクルを使うべきだった。ところで、私が「好きな歌手はB'z」と答えると半数の人が意外そうな顔をするのはなぜだろう?
東津山駅から、予定通り姫新線津山行 2831Dで津山へ戻る。大糸線や高山本線で戸惑ったキハ120の手動の折り戸は、ここでは自動だった。
photo

津山駅から、高松まで戻る。(961D→3157M)岡山19時01分で完全に日没といった感じだ。もし1本早い列車に乗れていたら、瀬戸大橋から夕日が見れたかもしれないが、津山での時間を削りたくなかったので予定通りの時間となった。
高松に到着し、讃岐うどんの店を探すが、それらしい店が見当たらない。仕方がないので改札内にあった連絡船うどんを食す。ホームで撮影をしているうちにいつの間にかサンライズ瀬戸(5032M)が入線。キマロキ氏、サンポート氏とともにミニラウンジでくつろぐことに。岡山に着いた時点で、他に、グラシア氏、はつかり氏、LP42氏とも合流。23時ごろまで談笑したのち、それぞれの部屋に引き上げた。


8月29日 〈寝台特急サンライズ瀬戸(車中泊)〉東京〈山手線内回り〉上野〈宇都宮線快速ラビット〉大宮〈むさしの号〉立川〈徒歩〉西立川〈青梅線普通〉立川〈南武線快速〉西国立〈徒歩〉立川〈南武線快速〉川崎〈京浜東北線快速〉上野〈宇都宮線普通〉宇都宮〈宇都宮線普通〉黒磯〈東北本線普通〉郡山〈東北本線普通〉福島〈東北本線普通〉仙台〈仙山線普通〉東北福祉大前〈徒歩〉自宅

部屋の電気を消し、夜の車窓を楽しんだ後、就寝。翌朝、横浜到着前に起床した。東京駅で他の面々と別れ、サンライズの回送を見送った。さて、皆さんはお気づきだろうか?私の青春18きっぷには、JR東日本、JR西日本、JR九州、JR四国と、異なる会社の日付印が押されていることに。ここで最後はJR東海、と行きたいところだが、残念ながら三島(東海道本線で引き返す)や松田(新宿から小田急)といったことをする時間的余裕がなかったため、泣く泣くJR東日本の日付印が被ることになってしまった。

photo


※東京圏は本数が多すぎてどれに乗ったか分からないので列車番号は省略させていただきます。

ラッシュを避けるため、9時36分の中央特快まで時間を潰そうかと考えたが、北行きの列車が空いていたので、大宮からむさしの号で立川に向かうことにし、上野から宇都宮線に乗ろうと思ったら……LP42氏に再会した。今回の合宿、彼との遭遇率が高い(汗)
大宮からむさしの号に乗り換えたが、さすがに前面展望は人気があった。西浦和と国立の合流以外のポイントは地下トンネルなのだが…。

photo

立川で朝食を食べていると、EF64とEH200の重連貨物がやってきた。重連単機でも、無動力回送でもない様子だった。
ここから、「とあるシリーズ」の聖地巡礼というより自販機めぐり開始。とにかく立川限定ヤシの実サイダーが飲みたかった。昭和記念公園で買ったので、飲んだ後すぐに水道で洗い、限定デザイン缶を持ち帰ることができた。なお、そのあと別の飲みたかったジュースを一気に飲んだ挙句立川市内を早足で歩き回った結果、ものすごく気持ち悪くなった。

photo

立川から南武線快速で川崎へ。おそらく、南武線の205系に乗るのはこれが最後になるだろう。205なら仙石線で乗れるけど

photo

川崎から京浜東北線で上野へ。本当は進行方向右側の車窓を眺めるつもりだったが、あまりにも気持ち悪いので蒲田で座席が空いたときに座り、そのまま寝落ち。気付くとそこは秋葉原だった。
上野で宇都宮線ホームへ行こうとすると、カシオペアの案内放送が。調べるとすでに入線しているので、撮影に向かった。すると、15番線にはEast‐i Eがマヤ50付きで停車していた。
宇都宮線ホームに行き、宇都宮行 625Mの15号車に乗車。E231はやはり椅子が固い。相席になった方はカシオペアと湘南新宿ライン快速を二重退避する久喜で降りたので、宇都宮までボックスを占領した。てか、野木から15号車の乗客5人ってww
宇都宮から黒磯行 1577Mに。205に乗れるかと思っていたが、いたのはE231系の付属編成。夕方のラッシュ時だからか。次の黒磯行は205系、しかも埼京線からの転入車だったようだ。私は前者に乗った。黒磯18時55分だったので、まだ明るいと思っていたが、実際には18時40分には真っ暗になった。しばらく西の方にいたので、日没の時間を間違えたらしい。(岡山と黒磯では、経度の関係上、黒磯の方が日没が20分近く早い)

photo

黒磯に到着し、そこにいたのは719系。ああ、懐かしい。そして、ここまで戻ってきてしまったのか。調達した夕食をホームで食べていると、719系のトップナンバーを連結した編成が入ってきた。
やっと郡山行 2151Mの車内に入れるようになり、席を確保して撮影に行こうとすると、後続の黒磯行に乗ってきたヒサシ138氏と再会。仙台まで同行することになった。
新白河で、大量の高校生が乗り込んでくるのに気付いた。福島県に入ったので、8月29日では夏休みはとっくに終わっているのだ。合宿も終わりが近いということがひしひしと感じられた。
郡山から福島行 1167Mに乗車。てっきり701系の運用だと思っていたため、出遅れてしまった。(実際は719系の運用)。
福島から乗車した593Mは701系だったが、1両目と2両目の間の貫通扉が一枚だけ開いていて、そこから轟音が車内に漏れていた。私が閉めようと試みるも、閉まらず。あきらめたのち、やはりうるさいとヒサシ138氏が挑戦。「ガチャ」……普通に閉まった。四国のキハ47の時といい、どうした私の腕ぇ〜〜!!
仙台でヒサシ138氏と別れたのち、仙山線の次の電車まで時間があるので北斗星を撮影。仙山線 1885Mで東北福祉大前へ戻り、私の合宿は終了した。余談となるが、田舎育ちの私にとって、最終列車とは空気輸送のようなイメージがあるので、都市部の終電に殺到する人々を初めて見て驚いた。「え?終電って混むもんなの!?」